歴史と文化・巡礼の旅日記

歴史と文化を訪ねる紀行ブログです。

ローマ歴史巡り③【アッピア街道、水道橋】

f:id:mejirorock:20210323105335j:plain

 

アッピア旧街道

聖セバスチアーノから少し歩いて、アッピア旧街道の敷石を見に行きたいと思います。

アッピア街道は 紀元前3世紀に築かれた、現存最古のローマ街道で「女王の道」の異名をとります。

マクセンティウス帝の競技場

途中にもなかなかの遺跡があります。

ローマ皇帝マクセンティウスが、紀元306年につくらせた競技場です。
マクセンティウス帝は落成後間も無く死去したこともあって、実際には使われることはなかったそうです。

チェチーラ・メテッラの墓

もう少し歩くとあります。
紀元前1世紀のものです。
メテッラとは、第1回三頭政治を行ったクラッススの妻だそうです。
こんな立派な墓におさめられるということは、存命当時は相当な有力者だったのでしょう。

アッピア街道

さあ、着いた。アッピア街道のローマ時代のままの敷石です。

敷石は(ポンペイ遺跡で有名な)ベスビオ火山の火山石が使われているそうです。

経年劣化によってかなりデコボコしていて、かなり足場は悪い印象。足が痛くなりそうです。

「すべての道はローマに通ず」と格言通り、ローマ帝国は欧州中に幹線道路を張り巡らせました。

しかも可能な限り直線にし、道幅も広く平坦な道路を作りました。塩野七生氏はこれらローマの街道を「高速道路」と表現しています。

 

ローマ水道橋公園

ローマ水道橋公園にやってきました。

ローマの水道橋の歴史は古く、紀元前4世紀から造られていたそうです。

この水道橋はクラウデイア水道橋といい、紀元38年に皇帝カリギュラによって建設が命じられ、14年かかって皇帝クラウディウスが完成させたそうです。相当巨大ですよね。

途切れ途切れにしか残ってませんが、全長69キロあったそうです。ローマ人の技術力、恐るべしです。

6本の水道が左から右へ流れます。

右にはローマ、パラティーノの丘へと流れていきます。

土管みたいなのは16世紀頃のものらしいですね。

その上に古代の水道が流れます。

動力を一切使わず、傾斜をつけて高低差だけで水を運んでいたらしいんですね。ブラタモリでやってました。

この辺はほとんど野原ですね。公園とは名ばかりで、人影も少ない。夜遅くなったら怖そうですので、行くなら昼間が良さそうです。

さてお昼ご飯です。

キノコのリゾット。ちょっと固目のお米です。味はしょっぱい!

イタリアも稲作するんですよね。

そういえば昔「にがい米」(1949)というイタリア映画がありました。

圧倒的に豊満なシルヴァーナ・マンガーノは、「原爆女優」の異名をとりました。

伝説のシルヴァーナ・マンガーノを見るだけでも、この作品に触れる価値はある。

チキンのカジャトーラです。これも味が濃かった。パンと一緒に食べることを想定しているから、味が濃いのでしょうね。

スイーツで締めです。

 申し訳ありませんが、クリックで応援お願いします! にほんブログ村 旅行ブログへ