歴史と文化・巡礼の旅日記

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ローマ歴史巡り12【コロッセオ】

イタリア旅行記です。今日はコロッセオ周辺を攻略していきます。

コロッセオ

コロッセオはローマの象徴みたいなもん。

コロッセオがある限り、ローマも存在するだろう。コロッセオが崩れる時、ローマも終わりとなろう。が、ローマが終わる時は、世界の終わりだ

という有名な言葉もあります。

紀元後72年から建設が始められ、80年に完成したそうです。

周囲527メートル、高さ57メートルで5万人(もっと入った説もある)収容の巨大スタジアム。

火山灰を利用したローマン・コンクリートで造られています。

日本は当時、漢委奴国王の金印もらって喜んでる小国分立時代か。ローマ恐るべしです!

外側は4階から出来上がっています。下からドーリス、イオニア、コリントの各様式で外壁は彩られています。

 

 

ローマでも最も人気のある観光スポットなので、早くも行列。

さて入場していきましょう。

 

ここでは剣闘士や猛獣の殺し合いなどの見世物が催されました。

 

当時のローマは帝政でしたが、このような庶民のための娯楽施設で人気とりをすることによって、政治への不満をそらすことが必要でした。

客席は前列から偉い順になっていました。一番前は元老院議員、騎士階級席、裕福市民席、一般市民・女性・奴隷と続いていたそうです。

もちろん皇帝と家族の席は別格で、一段高いテラスにおかれました。

 

半月型にアリーナが復元されていますが、今は地下構造丸見えですね。

 

 

 

地下には剣闘士と戦わせる猛獣の檻が置かれていました。

檻は人力エレベーターでアリーナへと引き上げられたそうですね。

これ人力エレベーターの模型です。

象、ライオン、ワニなどと戦わされたんだ、というと残酷なイメージがありますが、実際には猛獣は鎖でつながれていたそうです。バトルというよりは狩のようなものだったようです。

剣闘士は死刑囚や捕虜などが務めて、結果次第では市民権を得ることが出来ました。

血なまぐさい見世物は、キリスト教時代になると下火になり廃止されてしまったそうです。

それに伴ってコロッセオも廃墟となり、石材提供の場となってしまったとか。

 

 

これはショップです。

 

 

 

コンスタンティヌス帝の凱旋門

315年にミルウィウス橋の戦いに勝利して凱旋したコンスタンティヌス帝を褒め称えるため、造られました。

高さは約28メートルで、ローマ最大の凱旋門だそうです。

 

表面の装飾は、トラヤヌス帝やハドリアヌス帝の建造物からのリサイクルも多いみたいです。

 

 

この後は、フォロ・ロマーノへと向かいます。

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