歴史と文化・巡礼の旅日記

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ローマ歴史巡り13【フォロ・ロマーノ、パラティーノの丘】

イタリア旅行記です。コロッセオ観光に続いて、フォロ・ロマーノも観光していきます。コロッセオのすぐそばにフォロ・ロマーノがあります。

 

パラティーノの丘

まずはフォロ・ロマーノの全景を見下ろすために、パラティーノの丘へちょっとだけ上がっていきます。

 

 

 

 

 

 

テラスに到着しました。

ここは絶景です!フォロ・ロマーノを一望できます。

フォロ・ロマーノこそ古代ローマの中心の広場でした。

ここで政治討論や、市民集会、裁判などが行われました。紀元前後以降の建築物が多いみたいですね。

 

 

 

いやあ、すごいです。

 

フォロ・ロマーノ

さあ、丘から降りて、実際のフォロ・ロマーノをまわっていきましょう。

ティトゥス帝の凱旋門」です。

ティトゥス帝を讃えるため、81年に建てられました。聖なる道の終点に建ちます。

これがティトゥス帝かな。

 

 

これは「マクセンティウス帝のバジリカ」です。

306年にマクセンティウス帝が建設を始め、コンスタンティヌス帝の時代に完成しました。

なんとも巨大な会堂ですね。

 

これ、さっき登ってたパラティーノの丘のテラスですw

 

 

これは「ロムルスの神殿」です。

マクセンティウス帝が、夭逝した息子ロムルスに捧げるために建てた神殿です。未完だとか。

 

アントニヌス・ピウス帝とファウスティーナの神殿です。

五賢帝の一人アントニヌス・ピウス帝が皇后の死を悼み、141年に建てた神殿です。円柱と階段が元から残っているものです。中の教会は17世紀に建てられたものらしい。

 

カストルとポルックスの神殿」です。

紀元前495年の「レーギルス湖畔の戦い」でローマ軍は勝利しますが、双子神のカストルとポルックスがこの戦いに勝利をもたらしたとされ、彼らに捧げるため建てられた神殿です。

現在残る3本の柱は、紀元前6年にアウグストゥス帝による修復時のものらしい。

 

ヴェスタの神殿」があります。

元は円形の神殿で、神殿内では「聖なる火」が灯され、炉とかまどの女神ヴェスタに捧げられていました。

 

ヴェスタの神殿のすぐそばに「ヴェスタの巫女の家」があります。

「聖なる火」を守っていた4人(のちに6人)の巫女たちが生活した住居です。

彼女たちは30歳で任を解かれるため、純潔であることが求められたそうです。(純潔を汚すと生き埋めの刑に処された!)

中庭には巫女たちの像が飾られていて美しい。

頭部が破壊された巫女はキリスト教に改宗した巫女らしいですね。

 

カエサルの神殿」です。

紀元前44年、ブルータスらによって暗殺されたのがユリウス・カエサル。ローマ史上最大のスターです。

カエサルの火葬はここで行われ、子分のアントニウスが追悼演説をした場所に、アウグストゥス帝が神殿を建てました。その残骸です。

カエサルの命日にはこの火葬場所に花束が置かれるそうですね。

ユリウスのバジリカ」です。

名前でわかる通りユリウス・カエサルが建設を始め、アウグストゥス帝が完成させました。主に司法・行政に利用され、当時は4つの裁判所があったとか。

 

サトゥルヌスの神殿」です。

現在残っているのは、神殿の入口部分だった8本の円柱で、紀元前42年の再建だそうです。

国家の財宝がこの神殿に収められていたとか。

 

これがクーリア(元老院議事堂)です。

ここが政治の中心だったんですね。カエサル、アウグストゥスなど何度も再建され、現在のものは20世紀の復元です。

 

セヴェルス帝の凱旋門です。

203年に建てられました。セヴェルス帝が勝利したパルティアとの戦いを描いたパネルがあります。

凱旋門の左脇後方に「ローマのへそ」があります。

 

フォロ・ロマーノは見ごたえたっぷりでした。

 

 

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