歴史と文化・巡礼の旅日記

歴史と文化を訪ねる紀行ブログです。

ローマ歴史巡り②【カラカラ浴場】

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ローマ観光初日は郊外を中心に見ていきます。 

カラカラ浴場

まずはカラカラ浴場にやってきました。ここが入り口です。

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ローマ人がお風呂好きだというのは知ってたけど、やたら巨大ですね。

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これが想像図みたいです。

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これがお風呂か。巨大すぎでしょう。

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紀元216年、ローマ22代皇帝カラカラ帝によって築かれました。

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市民が使える公共浴場です。

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美しいモザイク模様です。

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225mの長さに185mの幅という規模。

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この丸いところに噴水があったんだ。

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2000から3000の浴槽を設置できる広さであったとか。 

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当時の浴場は単なるお風呂でなく、アスレチック施設、図書館、広間なども備える娯楽性の高いレジャー施設であったようです。

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こういった娯楽を与えることで、市民の支持を維持する必要があったんですね。

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床や壁は美しい大理石やモザイクで覆われていました。

 

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カラカラ帝は悪名高き暴君で、圧政をしきました。その報いか、最後は暗殺(部下により刺殺)されています。

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ここがショップです。買いもせず写真だけ撮る奴に、冷たい視線の店員さんw

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旧アッピア街道

サン・セバスチアーノ門

ここはアッピア旧街道の起点のサン・セバスチアーノ門です。

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3世紀後半に建築され、現在のものは5世紀の再建です。

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この城壁もネットで囲われてなくて、触れるところがあるんですね。

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ローマは観光資源があまりにも多すぎて、遺跡ひとつひとつの管理はおざなりになってるようです。

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アッピア街道の第一マイルストーンです。日本風にいうと一里塚です。

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ここから旧アッピア街道を進んでいきます。

 サン・セバスチアーノ聖堂

ここはサン・セバスチアーノ聖堂です。元は使徒ペテロとパウロに捧げられた聖堂です。後に聖セバスチアヌスがここに葬られ、現在の名で呼ばれるようになりました。

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意外に小さい聖堂ですが、ローマ七大聖堂に数えられるとか。

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聖セバスチアーノは、布一枚で矢に貫かれ瀕死の姿で殉教しています。

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のちに聖セバスチアーノは、ベルニーニっぽい官能的で魅力的な肢体で描かれるようにもなります。(この彫刻はベルニーニ作ではないみたい)

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こういう姿に三島由紀夫も魅せられたんですねえ。

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この教会は、17世紀の初めにシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿の命令で再建されました。

これがシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿の礼拝堂。バロック時代のローマのカリスマ貴族で、ベルニーニの初期のパトロンとして知られます。

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ここにはベルニーニの晩年の作と言われるイエスの胸像があります。

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地下にはサン・セバスチアーノのカタコンベがあります。カタコンベとは、ローマ帝国に迫害されていた時代の聖人たちのお墓です。

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撮影は禁止されています。

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アップダウンのある地下道が張り巡らされた巡礼地でした。